「時がたつ」と「時を経る」。似たような言葉なのに、どこか異なるニュアンスをもつ二つの言葉。
「 時がたつ」と「時を経る」の違い
例えば、時計。チクタク、チクタクと規則正しいリズムを刻み、ただ「時がたつ」のを教えてくれます。一方で私たちの日々の生活、そして人生はどうでしょうか。機械的に「時がたつ」わけではありません。人生山あり谷ありという言葉があるように、喜んだり、悲しんだり、そして時には悩んだりしながら、今を生きています。誰一人同じ人生を歩んできたわけではなく、一人ひとりがそれぞれの「時を経て」今があります。
「経」という一本の縦糸
ここで少し言葉のルーツに目を向けてみましょう。なぜ私たちは人生の歩みを「時がたつ」ではなく「時を経る」と表すのでしょうか。そのヒントは「経」という漢字の成り立ちに隠されています。
歴史を遡ると、「経」という文字には織機(おりき)で使う「縦糸」という意味があります。織機と聞くと耳馴染みのない言葉に聞こえるかもしれませんが、あのころの記憶の引き出しにある「鶴の恩返し」の物語を思い出してみてください。愛しいあの人への恩を返すため、健気に自らの羽を編み込んで織り上げた美しい一枚の布。そして、鶴が夜な夜な作業を行うために使っていたものこそが、織機です。
織機はカタコト、カタコトと心地よいリズムを刻みながら、歩みを進め、一つひとつ網目を紡ぎます。この一定の響きに自分の呼吸を合わせ、心に住まうあの人への思いも一緒に編み込みながら、一枚の手仕事を完成させてきました。だからこそ、その布に包まれると、身体、そして心に、何とも言えない暖かさが灯るのかもしれませんね。
変わらないものを伝える言葉
ところで、一本一本の糸がどうやって一枚の布になるか知っていますか。布を紡ぎだすためには、まず織機に経(縦糸)をピンと張るところから始まります。その間を横糸が通り抜けることで一つの結び目を作り、さらにそれをつなぎ合わせることで一つの作品を織り上げます。ぶれない軸である「経(縦糸)」があるからこそ、緯(横糸)が自由に模様を描くことができるのです。このことから「経」という文字を使って、私たちに馴染み深い言葉がいくつか存在しています。
例えば、仏教の根本的な教えを説いた「お経」や「経典」と呼ばれるもの。私たちが進むべき道を見失ったとき、人生をどう進むべきか迷ったとき、そっと手を差し伸べてくれるのが、お経や経典と呼ばれるものです。お経が生まれたのは、今から何千年も前のこと。だけど、その変わらない教えは、今でも色あせることなく私たちの指標として存在し続けています。当時の人々がそのことを確信してこの「経」という文字を充てたのかは定かではありませんが、「時代が変わっても変わらない人生の『経(縦糸)』になりますように」と、この漢字に静かな願いを込めたのかもしれませんね。
「経」と「緯」が織りなす言葉
次に、物事のいきさつを表す「経緯(けいい/いきさつ)」という言葉です。普段何気なく耳にしている言葉ですが、よく見ると縦糸を表す「経」、そして横糸の意味の「緯」の文字を組み合わせて成り立っています。例えば、「彼と交際に至るまでの『経緯』を話す」、または「このような事態になってしまった『経緯』を説明する」というように、この「経緯」という言葉は、物事が始まってから現在または結末に至るまでの経過や筋道のことを言います。
つまり「経緯」とは、過去からそこまで変わらず流れる時(経)の中で、様々なことを思い、経験すること(緯)を経て、そこに至るまでの道を編み上げていくこと。まるで一枚の布を丁寧に織り上げるかのように。だからこそ、ある物事の「経緯」が語られる時には、そこに隠されたストーリーを感じ、より深みに触れられ、面白みを感じるのかもしれませんね。
振り返ればある、確かな道
私はかつて、結果にこだわるあまり、気を急いて毎日を過ごしていました。「なんでこんなに頑張ってるのに結果が出ないんだろう」「どうしてあの人のようにうまくできないんだろう」と、今の現状を嘆き、他人と比べてしまうことが常でした。そして「もっと頑張らないとだめだ」と自分を責めることもしばしばでした。
しかし、ふと歩みを緩め、後ろを振り返ってみると、今この時まで紡いできた、私だけの道が確かにあります。決してきれいな網目ではないけれど、不器用ながらも編んでここまで来ました。途中で糸が切れてしまうこともあります。そんな時は、また結びなおして編みなおせばいい。色を変えても、新しい模様を描いたっていい。大事なのは、今この瞬間、どうやって糸を紡いでいくかだと思います。人生の(経)の中で、たくさん悩んで右往左往(緯)しても、紡ぎだされる一本の道。なんだか「今のあなたのままでいいんだよ」とそっと背中を押され、今を精一杯生きようと思わせてくれるきっかけをもらったような気がします。
英語でも、このような素敵なフレーズがあります。 ”Yesterday is history, tomorrow is mystery, today is a gift, that's why it is called present” (昨日は過去のもの、明日は未知のもの、今日は特別な贈り物。だから今を『プレゼント』と呼ぶのです)
今という一糸を紡ぐ
現在、過去、未来と平等に流れる時の中を、どう歩みを進めていくかは私たち次第。過去にとらわれず、未来への不安に飲み込まれないように、今この瞬間を感じ、ただ静かに生きてみる。
時を経て、結びを得る。人生という一枚の布を織りあげていくために。